「鍼の痛み」と 「お灸の熱さ」

初めてお会いした方に鍼灸師と名乗ると多くの場合、「鍼もお灸もしたことはないけれど、鍼って痛いんでしょう?お灸って熱いんでしょう?」と聞かれます。

気になる肩こりや腰痛、疲れから解放されリラックスしたいのに、わざわざ痛い思いをしたくないと思うのは自然なことです。そう考える方は、よほどの辛さの実感や、期待される特別な効果がない限り、未知の鍼やお灸を受けてみよう、という気には、なかなかなりません。

その結果か、2018年に全国規模で行われた調査では、はりやお灸を受ける人の割合は低下しており、5%以下と報告されています[1]

果たして鍼はそんなに痛いのでしょうか?お灸はそんなに熱いのでしょうか?

[1] 矢野忠ほか 「三療の実態および認知の諸要因に関する調査研究(後編)」 医道の日本 2019:78(10):123-9より

1.鍼の痛みとは

鍼には、刺す鍼と刺さない鍼があります(写真1参照)。

痛みというのは主に「刺す」鍼に関係します。ちなみに刺さない鍼では、例えば皮膚表面に軽く触れるだけの鍼(例:てい鍼)もあります。

写真1 刺す鍼(左側5種類)刺さない鍼(右側5種類)の例

第一に痛みの強さは鍼の太さと関係します。

一般的に太い方が痛みを感じやすいといわれています。鍼の太さはいろいろですが日本で一般的に使用されている鍼は直径0.16~0.24ミリメートルが主流で、髪の毛よりも細いものです。日本には、細く高品質で、リーズナブルな価格の国内製の鍼が多数存在します。

 

さらに痛みの強さは、太さ以外に、鍼を入れる深さによっても異なり、深く入れると痛みが生じやすいと言われています。深さによる感じ方には、個人差が大きいです。

深い鍼では、腰部・臀部で10㎝程度入れるものも稀にありますが、「浅刺し」といわれるものは3㎜程度です。このように鍼の深さはさまざまで、治療の目的、患者さんの体型・体質等によって決められ、調整をすることが可能です。

 

第二にひとことで「痛み」といっても、大きく分けて2種類あり、「切皮痛」「響き」と呼ばれます。

皮膚を破る際にチクっとするのを「切皮痛」といいます。同じ人でも部位ごと、また皮膚・身体が過敏になっている時は特に感じやすくなるなど、個人差のみならず部位や体調による差も大きいです。

 

もう一つは切皮のあと、身体に鍼が入っていくときに「ズーン」と重く感じる刺激で、これは鍼の「響き」と呼ばれ、痛みとは少し違う感じです。こちらも感じ方に個人差が大きく、もし不快に感じるのであれば鍼灸師に伝えて調整することが可能です。

 

鍼を初めて試していただくと「えっ、もう鍼が入っているの?」と驚かれることがよくあります。日本式の鍼治療で使用される鍼は主に、いわゆる「髪の毛より細い鍼」であることが多く、切皮痛はほとんどありません。

それでも、不快な痛みを感じたときは鍼灸師にすぐに伝えることが大事です。鍼灸師は患者さんの感じ方を聞きながら、反応に応じて加減(鍼の太さ、本数、深さなど)を調整するのが通常です。

なぜなら、痛いのを我慢していると身体に力が入り、かえって筋肉などが緩みづらく、結果として治療効果に影響するからです。痛みを我慢すること=治療効果、というのは誤った考えです。

 

なお鍼治療を受け慣れている患者さんの中には太くて深い鍼の方が、身体の深いところの緊張や痛みが取れ、全体としてはリラックスでき、鍼を入れるときの痛みは気にならない、という人もいます。

いずれにせよ、その時のご自身の身体のサインに寄り添った施術を受け、その為にはその日の感じ方を率直に鍼灸師に伝えることが大事、と思います。

2.なぜ鍼を「刺す」の?

ところでわざわざ皮膚に「刺す」意味はなんでしょうか?

 

どんなに浅くても「刺す」鍼は皮膚を破っており、これを「侵害刺激」と呼びます。

結局のところ鍼を入れるときの侵害刺激の「痛み」と、その結果としてどのくらい楽になるか、という「効果」とのバランスが、ご自身の鍼の許容度を決める、と言い換えることもできます。

 

鍼やお灸には血行改善効果があります。例えば鍼は、皮膚をやぶることで皮膚上に目に見えない微小な傷をつけていることになります。キズができると修復のために血液(白血球)が集まり増加することで、その部分への血流が促進されるしくみを利用しているのです(図1参照)。

例えばいたんだ筋肉の細胞からの老廃物の排出、栄養や酸素の供給が増えることで修復等が促進され、痛みの緩和につながっていきます。

(→詳しくは、鍼灸あれこれブログ「鍼灸の血行改善効果とは?」参照)

2.お灸の熱さ

お灸にも大きく分けると2種類あります。「知熱灸」「透熱灸」といい、前者はお灸を全部燃やさないもの、後者は燃やし切るものです。前者はほんのりした温かさ、後者はすーっと一瞬、熱が深部に入っていく、という感覚の違いがあります。

他にも特別な目的の種類のお灸(膿を出す、イボを取る)のお灸がありますがあまり一般的ではないので、ここでは省略します。

 

知熱灸、透熱灸いずれも火傷やかさぶたを作ることを目的とはしていません。火傷イコール効果ではありません。一方で、全く熱感を感じない場合は、効果が期待しづらいです。温熱感にはリラックス効果や、副交感神経を上げる効果が認められます。

 

ここが難しいところです。感じ方には個人差があり、その日の体調にもよるため、鍼灸師の判断のみでは適切なタイミングが計れません。あなたの声が不可欠です。「熱すぎる」と感じた時はすぐ、鍼灸師に知らせることが火傷の防止のみならず、効果的なお灸施術にもつながります。

そしてお灸には鍼のような血流改善効果だけでなく、自己免疫力アップの効果も期待できます。

参考に申し上げると、いまでは一般の人でもお店でお灸を購入し、セルフケアができるようになりました。お店で購入できるのは、「台座灸」と呼ばれるシール付きの台座にもぐさを固めたものです。ちなみにもぐさの原料はよもぎで、天然素材です。

4.まとめ

健康の決め手は、情報量の多さではなく、ご自身の身体の内側に働きかけ、身体が出すサインからしっかり学ぶこと、それらのサインを頼りになる鍼灸師と情報共有して、あなた個人にとっての最適な治療を受けながら、続けられる形で解決していくことです。

 

⾧年の思い込みや合わなくなった習慣を変え、内からの適応力を鍛えられれば、結果として将来の身体変化にも対応が可能となり、まさに持続可能といえます。

 

鍼灸治療は、あなたの身体に備わっている変化への潜在的な力を引き出す手助けとして、頼りになる習慣の一つです。

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